Krose’s diary

40代 シングルマザー 薬剤師の気づいたことをシェアしています。

生まれて来た子供の役割は親を救うこと。

こんにちは。

先日の言霊先生の一言。

この世に生まれて来た役割は親を救うこと。

私の父は小さいときに亡くなっています。
母が女手一つで私と弟を育て上げてくれました。


今、
私がまたシングルマザーで子育てすることで、母の大変さ、なぜイライラ感情的になっていたのか、など色々みえてきています。


ただ、母と私は水と油のようで、
すぐにぶつかり合ってしまいます。


優しくしてあげたいという気持ちはあるのですが、なかなかできないのが現状です。

なるべくぶつかり合わないように、
よい距離感を保つようにしています。



言霊先生の教えで、

親と喧嘩していても、亡くなっていても

それぞれの場所での活躍を毎日祈ること。

祈ることは私にもできるので、続けています。





ふと私の息子について考えていました。


私は自分の息子を未婚で産みました。

付き合っていた人が結婚できなかったからという理由はありますが、

旦那さんはいらないけど、子供は欲しい。

なんていう若い頃のバカな私の言霊が現実化してしまったんだな、と最近感じています。


息子を妊娠した時、私は35歳でした。

大好きだった夜遊びもやりつくし、

留学もして、

何がやりたいのかもよくわからなくなり、

当時の彼氏に振り回されながらも、
大好きで離れられずに

破滅的な生き方をしていたな、と思います。


そんな中の妊娠。
未婚で子供を産むという選択ができました。

年齢のこと。

何にも目標がなくなっていたこと。

5年後、40歳の自分を考えたこと。

破滅的で退屈になってしまった生活を終えることができること。




真面目で世間体一番の母は
半狂乱で怒り狂いました。





付き合っていた人も私の妊娠中に
次の勤務地である遠い国に引っ越しました。




妊娠初期は不安定で、
このまま死にたいって思うこともありました。

そんなこんなありましたが、
たくさんの友人達に助けられ、
また、仕事があり、収入もどうにかなったおかげさまで、
お腹の子供はすくすくと育ってくれました。



妊娠後期になってくると、
精神的にも安定して、体調管理もしながら
アクティブに動けるスーパー妊婦を楽しんでました。

7.8ヶ月で名前を考えているときに
確か本屋さんで名前の本を見ていたときだと思います。

この子は私のHeroだ!

私を救いにきてくれた!

ふと舞い降りてきた言葉から、
息子の名前は、ヒーローの漢字を使うことに決めました。

そして、安産で元気いっぱいにこの世にやってきてくれました。


こうやって、

破滅的な生活から

超健康的で(やめられなかったタバコも出産を期に大嫌いになったんです!)

生産性のある生活に変えてくれました。

5年間はとにかく必死で仕事、子育て、自分のやりたいことを一生懸命、
毎日を忙しく、楽しく、ノンストップで過ごしていきました。

子供が6歳の時に、
元旦那様と電撃的な出会いをして
7歳から最近まで初めてのお父さんと3人暮らしをしました。


残念なことにお父さんがまたいなくなってしまいました。

私は落ち込み、ほんとに死にたいとまた思っていました。

やっと幸せになれると思ったのに、

45歳でこんななんてやりきれない。

朝も起きれず、シャワーもあびれず、
泣きながら、すごしていた毎日でした。

また、息子に救ってもらいました。
私が動けなくても自分でなんでもやって、

いつも明るく、楽しく
そばにいてくれました。

息子がいてくれたおかげで、

90歳までまだ半分もある!

と、再出発ができました。

私の息子は9歳にしてもうすでに2回も私を救ってくれました。

彼は役割を果たしています。


未熟な私はまだ私の役割を果たせてないようです。
毎日、両親の活躍を地道に祈ります。

そして、息子の1番の応援団になり、
彼の才能を活かした活躍を祈り続けます。


生かされていることに感謝して、
無駄にしないように、毎日楽しく大切に過ごしたいと思います。


最後まで読んでいただいて、ありがとうございます。